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大阪高等裁判所 昭和29年(う)797号 判決

控訴人 大阪地方検察庁検事正代理検事 福田隆恒

被告人 尹斗伊 外五名

弁護人 山本治雄 外四名

被告人 崔章玉 外一八名

弁護人 山本治雄 外四名

検察官 臼田彦太郎 斎藤欣平

主文

原判決中、被告人崔章玉、同今坂松治郎、同尹斗伊、同張元出、同千伯守、同朴三万、同朴点燮、同申願出、同崔快斗に関する部分を破棄する。(但し被告人崔快斗については訴因乙第二、二に関する部分を除く)

被告人崔章玉を原判示第一、一、(一)の罪について罰金壱万円に、同(二)1、2の罪について各罰金参千円に、

被告人今坂松治郎を、同第一、二(一)(二)(三)(四)の罪について各罰金参千円に、

被告人尹斗伊を、同第一、三の罪について罰金壱万円に、同第二、四の罪について懲役参月に、

被告人張元出を、同第一、四の罪について罰金壱万円に、同第二、三、(二)、(六)の罪について懲役六月に、

被告人千伯守を懲役六月に、

被告人朴三万を懲役六月に、

被告人朴点燮を懲役参月に、

被告人申願出を、原判示(一)の罪について罰金六千円に、同(二)1、2、3の罪について各罰金参千円に、

被告人崔快斗を懲役四月に、

各処する。

被告人崔章玉、同今坂松治郎、同尹斗伊、同張元出、同申願出において、右の罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人尹斗伊、同張元出、同朴三万、同朴点燮、同崔快斗に対し、各本裁判確定の日から弐年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人張元出は訴因甲第二、二、(一)について無罪。

被告人千伯守は訴因甲第二、二、(七)(八)及び訴因甲第三について無罪。

被告人朴三万は訴因甲第二、一、(三)について無罪。

被告人李漢祐、同金応圭、同李元鎬、同文士源、同金命順、同申任順、同朴好善、同申弘、同金有田、同金慶福に関する検察官及び頭書の被告人等の各控訴は、いずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、本件記録編綴の、大阪地方検察庁検事正代理検事藤田太郎、被審人張元出、同文士源、同金命順、同金応圭、同朴三万、同尹斗伊の弁護人山本治雄各作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

検察官の控訴趣意中事実誤認並びに法令適用の誤を主張する点及び弁護人の控訴趣意について、

所論は、原判決が、被告人甲願出ほか十四名に対する昭和二十七年四月十八日附起訴状(以下甲と称する)及び被告人崔快斗ほか三名に対する同年四月二十四日附起訴状(以下乙と称する)の各公訴事実について一部有罪、一部無罪の言渡をし、被告人李元鎬に対する同年七月十日附起訴状(以下丙と称する)の公訴事実について無罪の言渡をしたのに対し、事実誤認又は法令適用の誤を主張するのである。そのうち、まず事実誤認を主張する部分について判断する。

第一、訴因甲第二、二、(一)中、被告人張元出、同李漢祚関係

原判決は、右被告人両名に対する「同被告人両名等が、千伯守等とともに、昭和二十七年三月二十六日午前七時前頃、酒税法違反の押収物件を積載した貨物自動車が、収税官吏の看守のもとに多奈川駅前にさしかかつた際、多数の者をして貨物自動車の進路直前に座りこみ、その車輪のタイヤの空気を抜き、車輪に石を噛ませて停車するのやむなきに至らしめて公務の執行を妨害した」との公訴事実につき、無罪を言渡した。その理由は、被告人張元出については、同人が自動車の前に座りこんでいる子供等の前に後向に立つている写真(現場写真九)及び右写真の撮影者石村泰英の原審証人尋問調書中には「張元出が座れ座れと言つていた」旨の供述記載があるが、その場に居あわせた原審証人宮本豊、同高谷忠男、同亀井敬祐、同浅田民治の各尋問調書中には、張元出の右の行為を認めるに足りる記載がなく、また、被告人李漢祚については、被告人申弘の検察官に対する第二回供述調書中「私が麹箱を投げているとき、義山先生(李漢祚)が三十人くらい朝鮮人の子供を連れて深日の方から走つて来て、私が麹箱を投げているトラツクの前に子供等を座らせて自動車を進めないようにした」旨の供述記載があるが、他にこの事を供述した証人がなく、李漢祚本人もこれを否認しているから、いずれも証明不十分である、というのである。

これに対して、検察官は、被告人張元出については、右現場写真九、原審証人石村泰英、同宮本豊、同高谷忠男、同亀井敬祐、同池堂清の各尋問調書、右亀井の検察官に対する第一、二回供述調書、被告人李漢祚については、被告人申弘の検察官並びに司法警察員に対する供述調書、谷中義光の検察官に対する第一二回供述調書によれば、被告人張元出や李漢祚が、千伯守等と意思を通じて前記起訴状記載の行為をしたことの証明十分であると主張する。

第二、訴因乙第二、一中、被告人金慶福関係

原判決は、同被告人に対する「同被告人が、崔快斗、申弘、金有田等とともに、昭和二十七年三月二十六日午前七時前頃、収税官吏が差押えた物件を積載した貨物自動車が多奈川駅前に相ついでさしかかつた際、収税官吏大井川利男等の看守していた別表(一)記載の押収物件を破壊して公務の執行を妨害した」との公訴事実について原審証人山本悦三の「その時金慶福を見た」旨の供述のみでは証明不十分である、として無罪の言渡をした、これに対し検察官は、同証人の供述は、単に見ただけではなく同被告人の服装についても供述しており、かつ、被告人申弘の検察官に対する第一回供述調書並びに司法警察員に対する供述調書により証明十分である、と主張する。

第三、訴因甲第二、二、(七)中被告人千伯守関係及び訴因乙第二、二中被告人申弘、同金慶福関係、

原判決は、被告人千伯守、同申弘、同金慶福に対する「同被告人等が、被告人朴三万、同金応圭、同文士源、ほか多数の者とともに、昭和二十七年三月二十六日午前七時前頃、多奈川駅に押収物件を積載して到着した貨物自動車(第二号車)より、収税官吏佐武公明等の看守していた別表(二)記載の物件を破壊して公務の執行を妨害した」との公訴事実につき、いずれも証明不十分として無罪の言渡をした、その理由は、被告人千伯守については、原審証人佐式公明の尋問調書中「千伯守は皆の先頭に立つて二号車に来るし」という供述のほかに証拠がなく、被告人申弘については、同被告人の検察官に対する第四回供述調書以外に証拠はなく、被告人金慶福については、原審証人南村博男の尋問調書中「はつきり覚えていないが、金慶福が一升びんを投げているのをちらつと見た」旨の供述のほかに証拠がなく、いずれも有罪認定の資料として十分でない、というのである。

これに対し、検察官は、被告人千伯守については、原審証人佐式公明、同南村博男の尋問調書により、被告人申弘については、同被告人の検察官に対する第四回供述調書、司法警察員に対する第二回供述調書、原審証人雨森義夫の尋問調書及び前記佐式公明、南村博男の尋問調書により、被告人金慶福については、証人南村博男はかつて同被告人を証人として調べたことがあつて面識があり、採用に値するのみならず、申弘の検察官並びに司法警察員に対する供述調書により、それぞれ証明十分である、と主張する。

第四、訴因甲第二、二、(八)、乙第二、三中、被告人千伯守、同李元鎬、同金有田関係、

原判決は、被告人千伯守、同李元鎬、同金有田に対する「同被告人等が被告人金応圭ほか多数の者とともに、昭和二十七年三月二十六日午前七時前頃、押収物件を積載した貨物自動車が多奈川駅前に相ついでさしかかつた際、収税官吏前田巧の看守していた別表(三)記載の物件を破壊して公務の執行を妨害した」との公訴事実につき、いずれも証明不十分として無罪の言渡をした、その理由は、被告人千伯守については、原審証人植田正夫(大蔵事務官)の尋問調書中「千伯守が五号車の附近に居た」旨の供述以外に証拠がなく、被告人金有田、同李元鎬については、宅見忠治(自動車助手)の検察官に対する第一、二回供述調書中「五号車の上で、金有田は一升びんを、李元鎬は一斗入りのかめを放つていた」旨の記載があるが、右金有田については、前記宅見忠治の検事調書の記載は、同人の証人尋問調書の記載と比較考量すると、必ずしも措信し得ず、被告人李元鎬についても、右検事調書の記載は、原審証人崔相雲、同李漢悳の「李元鎬は、三月二十六日午前八時前後に家を出た」旨の供述記載と彼此考量すると、必ずしも断罪の資料として十分でない、というのである。

これに対し検察官は、被告人千伯守については、右植田正夫の証人尋問調書のほかに、原審証人石田正久(大蔵事務官)、同前田巧の尋問調書、京和正輝(運転手)の検察官に対する第一回供述調書の記載により、被告人金有田については、前記宅見忠治の検察官に対する第一、二回供述調書、前記石田正久の証言があるのみならず、原審証人和泉茂(大蔵事務官)の尋問調書、京和正輝の検察官に対する供述調書の記載により、証明十分である。宅見忠治が、事件後六ケ月を経て証人として尋問された時、金有田を誤つて崔快斗を指示した一事によつて同人の検事調書の記載を措信せずとしたのは経験法則に反する。被告人李元鎬については、原審証人崔相雲、同李漢悳は、被告人李の嫁又は娘であつて、申弘の検察官に対する第一回供述調書引用の司法警察員に対する第三回供述調書の記載と対照すれば、前記のアリバイの証言こそ事実に反するものであつて、宅見忠治の検察官に対する供述調書の記載を排斥することは経験法則に反し、事実を誤認したものである、と主張する。

第六、訴因甲第二、一、(三)中、被告人朴三万関係、

原判決は、被告人朴三万に対する「同被告人が千伯守と共同して収税官吏谷酒利春が前同日同時刻頃、崔章玉方先道路において同人に対する酒税法違反被疑事件の証憑として差押え看守中の焼酎入一斗壺、濾過機一個を多数の者をして手伝わせて破壊して公務の執行を妨害した」との公訴事実について、犯罪の証明がないとして無罪の言渡をした。これに対し、検察官は、原審証人谷酒利春、同中村朋文(検察事務官)の証言によつて証明十分である、と主張する。

第七、訴因乙第三、被告人金有田関係

原判決は、被告人金有田に対する「同被告人が、尹斗伊ほか多数の者と共同して、昭和二十七年三月二十六日午前七時前頃、多奈川職業安定所先道路において収税官吏野田二郎等が、別表(四)記載のとおり成採根に対する酒税法違反被疑事件の証憑として差押えた物件を貨物自動車に積載して看守していた際、多衆の威力を示して、あるいは右貨物自動車の車輪に石を噛ませ、あるいはその車輪タイヤの空気を抜き、同収税官吏に対し『殺す気か』と叫ぶとともに、右差押物件を破壊し、もつて公務の執行を妨害した」との公訴事実に対し、「本件について、唯一の証人というべき野田二郎の証人尋問調書の記載によると、その時いた人で見覚えある人があるかとの問に対して、ピンクのセーターを着た二十才くらいの女の人が右側の方からボデーに上つて来て一升びんを投げて破壊し、………誰かがボデーの側板をはずしたが、濁酒の槽を他の人と一緒になつて進行方向に左側へ押し落そうとしていた旨の記載があるが、ピンクの服を着た人は、その後の面割で金有田と知つたと供述している、野田証人のピンクの服を着た人が被告人金有田であるとの認識に到達した過程を考えてみると、野田証人の供述記載のみでは証拠不十分である」として無罪の言渡をした。

これに対し、検察官は、被告人金有田が当日ピンクの毛糸の上衣を着用していたことは同被告人の自供するところであり、右野田証人は「ピンクのセーターを着た二十才くらいの女の人が九号車の右側の方からボデーに上つて来て一升びんを投げて壊した、その人は被告席にいる金有田であつて、金有田は「『朝鮮人を殺す気か』と言つていた」旨の証言をしている。その趣旨は、「ピンクの服を着た二十才くらいの女が九号車の上に上り、一升びんを投げて壊したが、その女の名が金有田であることは、警察で本人を示されたとき、はじめて知つた、その女は被告席にいる金有田に間違ない」というのであつて、その過程においてなんら不審の点はない。右野田二郎の証言は本訴因を立証するに十分である、と主張する。

第八、訴因甲第三、被告人千伯守関係、

原判決は、被告人千伯守に対する「同被告人が、ほか三名くらいとともに、昭和二十七年三月二十六日午前六時三十分過頃南海電気鉄道株式会社多奈川駅において、まさに発車しようとしていた電車内に押し入り、その運転手中野徳治郎に対し『この電車を発車させるな』と叫びながら同電車のブレーキハンドルを奪い取り、該ハンドルの返還を求めた運転手に対し『殺すぞ』と申し向け、同電車をして遅発するのやむなきに至らしめもつて同運転手に威力を用いて同運転手の業務を妨害した」との公訴事実に対し、証明不十分として無罪の言渡をした、原判決の理由とするところは、検察側の証拠としては、原審証人中野徳治郎の尋問調書及び同人の検察官に対する第一回供述調書のみであつて、右の検事調書には「茶色の毛糸のシヤツを着て国防色のズボンをはき、半長靴をはいた三十歳余りの長髪の男が、私に電車を発車させたらいかんぞと言いながらエヤーブレーキに差していたハンドルをひつたくり、ズボンのポケツトに隠しで後部車輌の方へ走つて行つた、私は追いかけて行つてそれを取り返そうとすると、その男は、コラ殺してしまうぞと言つて脅した、しばらくして見知らぬ人が私にハンドルを返してくれた、エヤーハンドルを奪つて私を脅したのは、今接見した千伯守に相違ない」旨の記載があるが、張元出の供述によると右中野にハンドルを返還したのは張元出であり、同人の前記ハンドルを持つていた人の服装年齢に関する供述は、「名前も知らない三十才前後の、背丈は普通で、中肉の洋服を着た男で、顔は覚えていないが、千伯守より背が低い」というのであつて、中野の供述とくいちがつている、なお、中野の証人尋問調書中には「ハンドルを奪つた者と返してくれた者とは同一人であつたかも判らない」旨の記載もあり、右中野の検事調書の記載だけでは千伯守の行為であると断定できない、というのである。

これに対し、検察官は、張元出のこの点に関する供述は、しばしば変つており、同胞を庇護しているものと認められ、かえつて措信できないものである、中野は原審証人として右の犯人について明確な証言をしていないのは、事件後六ケ月を経過しているのと、多数の被告人の面前における供述であるからであつて、同人の検事調書の記載により証明十分である、なお、証人中野の供述には、原判決後段説示のような記載はない、と主張する。

第九、訴因甲第四中、被告人李漢祚関係

原判決は、被告人李漢祚に対する「同被告人が、被告人千伯守ほか数名と共同して、昭和二十七年二月二十六日、大阪府泉南郡多奈川町多奈川駅先道路において、大阪毎日新聞社記者檜垣常治を取り囲み、同人に対し殴打、投石等の暴行を加え、よつて同人に治療約二週間を要する左眼部挫創兼右前膊部打撲症を負わせた」との公訴事実につき、無罪を言渡し、その理由として、谷中義光(附近の住民)の検察官に対する第一、二回供述調書には「自分は多奈川駅前で見ていたが、新聞社の人が、千葉(千伯守)や義山(李漢祚)ほか六、七名に取り囲まれていたから、この人達が殴つたに間違ないと思う、義山が手を振りあげているのを見た」旨の記載があるが、同人の原審公判廷における「自分は、約百メートル離れた所から見ていたのではつきり見えなかつた、附近に集つていた人が駅の方に引き揚げて来た中に李漢祚がいたが、検事調書で李漢祚が殴つたと言つているが実際は殴つていない、誰が殴つたか判らない」旨の供述と対比すると、必ずしも前者を措信することができず、また、檜垣常治の検察官に対する第一回供述調書中「誰に殴られたか判らないが、四、五十名の子供や女を連れて来て先頭に立つていた四、五人に間違なく、その中に千伯守と李漢祚がいたことは間違ない」旨の記載及び辻孝(檜垣に自転車を貸した少年)の検察官に対する第一回供述調書中「義山は先頭に居て歌を歌わせていた、千葉が殴るのは見たが、ほかの人は誰が殴つたかは見なかつた、しかし先頭五、六人の人で殴り、その中に義山が居た」旨の記載を綜合しても、李漢祚に関するかぎり有罪認定の資料として十分でない、というのである。

これに対し、検察官は、谷中義光が原審公判廷において検察官に対する供述と異る供述をしたのは、同人の検察官に対する第三回供述調書の記載からみても、同人が朝鮮人から脅迫され、畏怖したため、李漢祚に不利益な証言をなし得なかつたのであるから、この証言によつてたやすく同人の検事調書の記載を排斥したのは失当である、右検事調書と、檜垣常治、辻孝の検事調書、医師荒木泰道の証人尋問調書によつて証明十分である、と主張する。

第十、訴因甲第五、(一)被告人申任順関係

原判決は、被告人申任順に対する「同被告人が、昭和二十七年三月三十日、大阪府泉南郡多奈川町平野、金田福松方において、酒税法違反被疑者である同人を逮捕におもむいた警察官玉井覚次、拵券二、田中繁、松本孫久に対して、糞尿をあびせかけて、公務の執行を妨害した」との公訴事実につき、無罪を言渡し、その理由として、玉井覚次、拵券二、田中繁、松本孫久等の各証人尋問調書の記載を綜合すると、同人等が糞尿をあびせかけられたことは、これを認め得るが、同人等の供述記載と仮谷正次、中辻正夫、原口政夫、東武等の各証人尋問調書の供述記載を比照すると、当時は数人の子女が糞尿をかけに来ており、被告人申は、あるいは肥杓でかけたと言い、あるいはバケツを持つていたと言い、あるいは玉井が同女から肥杓を取りあげたと言い、また申の服装の点についても互にその供述がくいちがつている、一方、被告人申の原審公判廷における供述並びに原審証人金淑子の尋問調書の記載は一概に虚偽のものとして排斥するに足りる資料はない、また、申が肥杓の先をもつて振り廻わしていたとの玉井の供述記載は、右肥杓が相当大型のものであり、当時六十一才であつた同女の体力を考えると、おそらく不可能なことであつて、右の供述は措信し難いという被告側の主張も無理からぬ点もあつて、被告人申の行為であることを明確に肯認し得る証拠はない、というのである。

これに対し、検察官は、原判決が、前記各証言中のささいなくいちがいを指摘して各証言の証明力を排斥したのは失当である。被告人申任順が警察官に糞尿を掛けた用具について、原審証人玉井覚次、同松本孫久、同仮谷正次、同中辻正夫等は長柄の肥杓であつたと供述し、原審証人田中繁、同原口政夫、同東武はバケツであつたと供述しているが、いずれも真実を語つているのであつて、現に、被告人申は糞尿撒布以外にも鍬を振り上げ警官に立向つており、また、「あつち行き、こつち行き」して警官に抵抗することに努めていたことは、前記東武、中辻正夫の証言によつて推認できるのであつて、同被告人は、あるときはバケツで、あるときは肥杓で糞尿をあびせかけたと認定するのが相当である、かりに、その用具が肥杓であるか、バケツであるかにつき多少の疑問があるとしても、被告人申任順が前記警察官に糞尿をあびせかけ、公務の執行を妨害した事実は否定し得ないのである。原審証人金淑子の供述や、被告人申の公判期日における供述は信用し難いものであり、同被告人の肥杓を振り廻わす能力に関する原審の判断は常識はずれである。しかも、同被告人は検察官に対して本件犯行を自白しているのであつて証明十分である、と主張する。

第十三、訴因丙、被告人李元鎬関係。

原判決は、被告人李元鎬に対する「同被告人が、南台鉉、金荘根、林在奎、徐瑾泰等百名くらいのものと共同して、昭和二十七年六月六日頃、大阪府泉大津市若宮町八番地、旧朝鮮人聯盟事務所において、これよりさき、同年四月二十七日同市において発生した殺人事件に関し、金秀甲を人民裁判に附すると称し、徐瑾泰ほか百名余の者が同人を取り囲み、悪口罵言し騒然たる雰囲気の中で、これらの者と共同して口々に同人に対し「お前は殺人事件に関係があるだろう」。「関係のない者が何故逃げたか」等と申し向け、今にも同人の身体に危害を加うることあるべき多衆の威力を示して脅迫した」との公訴事実につき、被告人李が、所用のため泉大津市に来て旧朝鮮人聯盟事務所に立ち寄つたところ、同事務所において、金秀甲に対する質問会のようなものが行われていたので、同被告人も、金秀甲に対する自己のかねての疑問を、やや語調強く質問したに止るものと見るのが相当であつて、起訴状記載のような犯罪を構成するものとは解し難い、というのである。

これに対し、検察官は、原審証人金秀甲、同金荘根、同本間三雄、同下田政義の各尋問調書、井庭泰作成の診断書謄本の記載によつて証明十分である。共犯者金荘根、林在奎、南台鉉については、大阪地方裁判所において暴力行為等処罰に関する法律違反として有罪の判決を受けている。原判決は、事実を誤認し、法律の適用を誤つたものである、と主張するのである。

また弁護人は、事実誤認を主張し、その理由として、

第一、原判決第二、三、(二)、被告人張元出関係について、原審証人宮本豊の尋問調書には「お前らが暴力でくるなら云々」と申し向けたのは、シヤツ一枚の服装の男であつた」と述べており、同亀井敬祐の尋問調書にも「半袖シヤツか何かきており」と指摘しているが、当日被告人張元出は背広服を着用していたことは同被告人の供述並びに証拠写真により明らかである、同被告人と一面識の両証人が服装を間違えながら同被告人を指示することは経験則に反する。

第二、原判決第二、三、(五)、被告人文士源関係について、原審証人佐式公明の尋問調書を唯一の証拠とするものであつて極めて不明確であるのみならず、原判決第二、三、(七)の事実と刑法第五十四条第一項後段に当る関係にあるから、これを併合罪と認定したのは、事実を誤認しまた法令の適用を誤つている。

第三、原判決第二、三、(六)、被告人張元出、同金命順関係について、被告人張元出は、警察官等の諒承のもとに自己の被差押物をトラツクから降ろしたと信じていたから、公務執行妨害の故意がない、被告人金命順に関する原審証人橋本悦男は「同被告人は車の下におつた」と証言し、同富岡徹夫は同被告人の当日の服装を「赤いセーターに黒のスカートズボン」と言い、同和泉茂は「ピンクのセーターを着ていた女」と供述しているが、同被告人の服装は、白地の茶色の筋の入つたホームスパンの襟なしの上衣をきて茶色のズボンを着用していた、かように証言がくいちがつているのは真実性がないからである、同被告人は駅前で見ていただけである。

第四、原判決第二、三、(七)、被告人金応圭、同朴三万関係について、被告人金に関する原判示事実を認め得る証拠は原審証人原田康三の尋問調書だけであるが、その証言は信用性がない。被告人朴は、南又碩と共同して飼つている豚十匹に餌をやつて駅前に来たのは午前七時半頃であつて、騒ぎはすでに終つていたのである。その南又碩の証言は信用性大であるが、検事側証人の調書は、初対面の被告人に関する混乱中のでき事の記憶であつて証明力が弱いのである。

第五、原判決第二、三、(八)、被告人金応圭関係について、同被告人は当日朝七時頃家を出て、金能泰と一緒に駅前へ見に行つたのであり、行つた時にはすでにトラツクは空になつていた、原判決の援用する証人は文士源と人違いをして供述しているのである。

第六、原判決第二、四、被告人尹斗伊関係について、原審証人鄭正彩の尋問調書記載のように、同被告人は、事件当時、多奈川町職業安定所から相当深日港寄りのいわゆる社宅の所を山手の方へ走つて行つたのであり、焼酎等とともに自動車に乗せられたので、ビクビクしていたのであるが、自動車が川崎病院前で止つたので山の方へ逃げたのであると供述している、同被告人はヨボヨボの老婆であるから、右の証言の信用性は大であつて、原判示のような行為に出るとは考えられない。原審証人野田二郎、同菱田恵三の供述の信用性は稀薄である。

というのである。

よつて、検察官の所論について記録を検討すると、論旨摘録のように、公訴事実に添う証拠の存在することは否定できない。しかし、少しでも疑問の存するときは、被告人等の利益に従つて判断することは、裁判の常道であるから、この意味において原判決の事実認定も失当とはいえない。また、弁護人の所論についても、原判示事実は、原判決の挙示する証拠によつて証明十分である。被告人文士源の原判示第二、三、(五)記載の行為と、同第二、三、(七)の行為とは通常手段結果の関係にあるものではないから、牽連犯ではない。要するに、原判決における証拠の取捨選択とその価値判断は、別段に、経験法則や論理法則に反するものとは認めがたいのであつて、双方の所論は、結局証拠の取捨判断に関する原審の措置を非難するに帰する。この点の論旨はいずれも理由がない。

次に法令適用の誤を主張する論旨は、今後の犯罪捜査上影響するところが甚大であるから、これを抽出して左に詳論する。

第五、訴因甲第二、一(一)、乙第一、被告人千伯守、同朴三万、同崔快斗関係

原判決は、被告人千伯守、同朴三万に対する「同被告人等が共同して、昭和二十七年三月二十六日午前六時過頃、大阪府泉南郡多奈川町朝日、松原某方において、同人に対する酒税法違反被疑事件につきその証憑を集取していた収税官吏小沢正春、同谷酒利春、並びに同被疑事件の犯人を逮捕しようとしていた検察事務官雨森義夫、同中村朋文等に対し、多数の威力を示して、こもごも[われわれは戦時中に徴用で引つ張られたのに、敗戦によつて放り出され、食つて行けないから酒を造つているのだ、この酒を取ることはわれわれの生命を奪うもので、お前らはわれわれを殺すつもりなら、おれらもお前らを殺してやる、今年は決死の覚悟でいるのだ」と申し向けるとともに、その場に居合わせた崔快斗をして収税官吏小沢正春が差押えて搬出しようとしていた焼酎入り一斗壺を破壊させて公務の執行を妨害した」との公訴事実及び被告人崔快斗に対する「同被告人は、千伯守、朴三万等と共同して昭和二十七年三月二十六日午前六時過頃、大阪府泉南郡多奈川町字朝日、松原某方において、同人に対する酒税法違反被疑事件についての証憑を集取していた収税官吏小沢正春、同谷酒利春並びに同被疑事件の犯人を逮捕しようとしていた検察事務官雨森義夫、同中村朋文等に対し、多衆の威力を示して「お前等は殺しに来たのなら先に殺してやる、小刀を持つて来い」と申し向けるとともに、右千伯守、朴三万等の指図により前記小沢正春が差押えて搬出しようとしていた焼酎入り一斗壺を破壊し、公務の執行を妨害した」との公訴事実に対し、各無罪の言渡をした。その理由とするところは捜索令状のでていない松原方を捜索したことにつき、原審証人小沢正春、同谷酒利春の尋問調書により、「同家が令状のでている崔章玉(武山)方とは別の家であるという認識はあつたが松原方の窓からのぞくと、部屋の中に錯酸びんようのものがあり、その中に透明の液体が八分目くらい入つているのが見えたため、酒税法違反の現行犯と認定し、四、五人で戸をこじあけて同家に入つた」と認定し、その認定に基いて「小沢、谷酒両証人は、いずれも大蔵事務官で酒税係を担当しており、酒税法違反事件摘発の経験を持つ者であろうが、いくらその道の専門家といつても、他人の家を窓越しにのぞいて錯酸びんに透明の液体が入つているのを発見したことをもつて、それが直ちに酒税法違反の現行犯と認定することはいたつて早計であり、他に、現行犯と認めるに足りる資料はなかつたのであるから、かかる失当な認定に基いて松原方に押し入り、意に反して捜索することは、適法な公務の執行と解することはできない、従つて、その余の点に関する判断をまつまでもなく、本件被告人の行為は公務執行妨害罪とならない」と判断したのである。

これに対し、検察官は、国税犯則取締法第三条により収税官吏小沢正春、谷酒利春等が犯則事件の証憑集取のため松原方に立ち入つたこと、また松原方土間で密造焼酎一斗入りの壷を差押えたことは、いずれも同人等の正当な職務行為であり、かりに、酒税法違反の現行犯と認定したことが失当であつたとしても、同人等は正当な職務執行と信じて行動したものであつて、右の捜索、差押行為は、収税官吏の一般的権限に属し、一応形式的に公務員の適法な職務執行行為と認められるから、これに対し暴行脅迫を加えた場合公務執行妨害罪が成立する、と主張するのである。

よつて案ずるに、刑法第九十五条第一項にいわゆる「公務員ノ職務ノ執行」は、捜索、差押のような強制力を行使する場合には、のちに説明するように、公務員の行為が、その一般的又は抽象的権限に属すること及びその行為を為し得る法定の具体的条件を具備し、かつ、法律上重要な手続の形式を履んでいることを要し、以上の条件を欠くときは、本条の保護の対象となり得ないものと解するを相当とする。この点において原判決の考え方自体は正当であるが、その一面、法が公務員に認定権又は裁量処分権を認めている場合には、事後の判断において、公務員の認定に錯誤があつたと認められる場合においても、職務執行の当時における状況を基準とし、公務員として用うべき注意義務のもとに合理的に判断したものと認め得られるときは、やはり、本来の保護する職務の執行というを妨げないのである。

原審並びに当審証人小沢正春、同谷酒利春の各尋問調書、原審証人中村朋文、同雨森義夫、同浅田民治の各尋問調書、原審並びに当審における各検証調書の記載を綜合すると、収税官吏小沢正春、同谷酒利春等は、武山こと崔章玉に対する酒税法違反被疑事件の捜索差押許可状により証憑集取を行つたが、証拠物件は、同家屋内にはなく、附近の豚小屋から発見された、その際小沢正春が、はじめは崔章玉方の一部であると思つていたのであるが、崔方と棟続きになつている松原こと朴鐘太方裏手に廻つて、ガラス窓越しに屋内を見ると、六畳の間のすみに透明ガラスで高さ四十センチメートルくらいの錯酸びんようのものが置いてあり、中に透明の液体が八分目くらい入つているのが見えたので、附近の状況や錯酸びんが畳の上に置いてあること等から、密造焼酎所持の現行犯と判断し、急速に証憑を集取する必要があると考えたが、裁判官の許可状を得るひまがないので、他の捜索員と協議したところ、班長の谷酒利春は「ここは別の家ではないか」と言い、小沢も半信半疑であつたが、「とにかく密造酒があるから」と言つて、四、五人の者が、入口を捜して、戸をたたいたり、こじ開けようとしていると、内部から家人が開けた(原判決のいうようにこじ開けたのではない)ので、土間に入つて前記六畳の間を見ると、右の錯酸びんがすでに隠匿せられてなくなつており、奥の六畳の間を見せてくれと言うと、家人が「子供が病気で寝ているから風が入ると悪い」と言つて入らせないので、押問答中、土間に一斗入りの壷があり、家人は醤油だと言つたが、蓋を取つてかいでみると、一種独特の密造焼酎の臭いがした、ようやく奥の間のふすまを開けてくれたので入つてみると、主人らしい男と子供とが寝ており、寝床にコタツよりも高く盛上つた所があるので、見せてくれと言つたが、「重病や」と言つて見せてくれなかつた、そのうちに、被告人千伯守、同朴三万、同崔快斗ほか二十名くらいの群集が来て、「お前らはわれわれを殺すつもりなら、おれたちもお前らを殺してやる」等と脅迫的言辞を弄するので、錯酸びんの捜索を止め、小沢が土間にあつた一斗壷を差押えて持ち出そうとしたとき、千伯守や朴三万等が「殺してやる」「壷を割つてしまえ」と叫び、崔快斗も「殺してやる」と言いながら、金槌をもつて、小沢が搬出しようとして敷居の所まで持つて来た密造焼酎入り壷を破壊し、小沢は、そのため破片で手を負傷したことを認め得られる。

免許を受けない者の製造した酒類の所持は、酒税法第五十三条の禁ずるところである。そして、国税犯則取締法第三条第二項によれば、間接国税に関し、現に犯則に供した物件若しくは犯則により得た物件を所持し又は顕著な犯則の痕跡があつて犯則ありと思料される者がある場合において、その証憑を集取するため必要にしてかつ急速を要し、管轄地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官の許可を得ることができないときは、その者の所持する物件に対し、収税官吏は、臨検、捜索又は差押をすることができ、また、同法第三条ノ二によれば、その場合必要があるときは錠をはずし、戸扉又は封を開く等の処分をすることができるのである。前記の証拠によれば、多奈川町の朝鮮人部落は密造地帯として顕著であり、かつ、松原方附近において密造の証拠物件が発見されている。かような情況のもとに、たとえガラス窓越しであつても、普通の民家には見られない錯酸びんに液体を入れて、しかも座敷に置いてあるのを見て、密造酒所持の現行犯と判断し、証憑を集取するため、必要にしてかつ急速を要し、裁判官の許可状を得るひまがないと認め、同家に立ち入つたこと、及び同家土間において密造焼酎入りの壷を発見し、証憑として差押えたことは、いずれも、収税官吏たる小沢、谷酒等の抽象的かつ具体的権限に属する適法な職務行為であるといわなければならない。従つて、これに対し暴行脅迫を加えれば、公務執行妨害罪が成立するのである。原判決が他人の家の窓越しにのぞいて錯酸びんに透明の液体が入つているのを発見しただけで酒税法違反の現行犯と認定するのは失当であるとしかかる失当な認定に基いて松原方に入り意に反して捜索することは適法な公務の執行でないから、その後における被告人等の暴行脅迫は公務執行妨害罪とならないと判断したのは、法令の解釈適用を誤つており、かつその誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。しかし、同行の検察事務官雨森義夫、同中村朋文が現行犯人逮捕の職務行為に出た形跡は見当らないから、起訴状記載の雨森義夫、同中村朋文両名に対する公務執行妨害罪は成立しない。論旨は理由がある。

第十一、訴因甲第五、(二)被告人朴点燮関係、

原判決は、被告人朴点燮に対する「同被告人が昭和二十七年三月三十日大阪府泉南郡多奈川町平野、金田福松方において、酒税法違反被疑者である同人を逮捕におもむいた玉井覚次に対し、その拇指に噛みつき、よつて、同人に治療約一週間を要する傷害を負わせて公務の執行を妨害した」との公訴事実につき正当防衛行為であるとして無罪の言渡をした。その理由は、同被告人の原審公判廷における供述並びに原審証人金永愛の尋問調書の記載により、被告人朴点燮は、「朝寝ていたら、隣の申任順方で物音や同女の悲鳴が聞えるので、強盗かと思つて家を出て、金田方の土間(金田と申とは同じ入口である)に入つて行くと、警官が土足のまま金田のふとんの上にあがつていたので、「土足のまま上つてはいかんではないか」と抗議するやいなや、警官が「何だこいつは」と言つて、いきなり実力をもつて朴を戸外に排除した」と認定し、「かりに警察官であるにせよ土足のまま部屋に上つているのを見て憤激し抗議することは無理からぬことというべく、この抗議に対し、警察官としては、自分等の行動の何たるかを知らない被告人に対して、少くとも金田福松に対する公務の執行中なることを簡単にせよ説明して、同人の納得を求める措置にでることが、警察官に要請される態度であると考えられるにかかわらず、なんらの説明を与えることなく、右朴の抗議をもつて直ちに同人を公務執行妨害の現行犯として逮捕しようとしたことは失当であり、適法な公務の執行とは解し難く、従つてその実力行使に対する抵抗行為は正当防衛である」というのである。

原審並びに当審における証人玉井覚次(警部)、、原審証人中辻正夫(検察事務官)、同拵券二(司法巡査)、同原口正夫(同)、同松本孫久(巡査部長)、同田中繁(同)、当審における検証調書の記載を綜合すると昭和二十七年三月三十日未明、警部玉井覚次らの制私服警察職員、検察事務官等十数名が酒税法違反の被疑者金田福松こと金福千を逮捕するため、同人方へおもむき、同家及び当時その隣家に住んでいた被告人朴点燮方附近へ配置につき、うち数名の者が金方土間に入ると、左側小間に被告人申任順が寝ており、正面の間に、金田福松夫婦が寝ていた、中辻検察事務官が同人に逮捕状を示し、他の警察職員が逮捕しようとすると、金福千は、バンドを振り廻わす等抵抗をした、その時、金方入口から、被告人朴点燮が鍬を持つて金福千の応援に入つて来て、拵巡査に殴りかかろうとしたので、同巡査及び田中巡査部長が、同被告人から鍬を取り上げようとして土間で格闘して戸外に押し出した、そのすきに金福千は裏窓から逃走した、警察官等は同被告人が激しく抵抗するので、松本巡査部長、玉井警部が応援し、同被告人を逮捕しようとしたとき、同被告人が玉井警部の右手拇指に噛みついたことを認め得られる。そうすると、玉井覚次らが金福千を逮捕しようとしたのは正当な職務行為であり、その職務行為を妨害しようとした被告人朴を屋外に引き出し、公務執行妨害の現行犯人として逮捕しようとした右警察職員らの行為も適法な職務行為であるから、これに暴行を加えた同被告人の行為は公務執行妨害罪を構成する。原判決は、被告人朴において、単に警察官らが土足で金方へ上つたのに対し、抗議しただけであると認定し、同被告人に対し公務の執行中なることを説明して納得させる処置に出ないで直ちに公務執行妨害の現行犯として逮捕しようとしたのは、適法な公務の執行でないというけれども、同被告人は、制服警察官が金を逮捕しようとしているのを知つて、その逮捕を妨害するため金方に入つて来て暴行を加えたものと認めるを相当とするから、改めて同被告人に対し公務の執行であることを説明する必要はない。原判決は法令の解釈適用を誤つている。論旨は理由がある。

第十二、訴因甲第五、(三)被告人李元鎬、同朴好善関係

原判決は、被告人李元鎬、同朴好善に対する「同被告人等が、李漢悳と共謀のうえ、昭和二十七年三月三十日、大阪府泉南郡深日町兵庫被告人等住居で、傷害罪の容疑で李漢祚を逮捕におもむいた国家地方警察警部補山中重信等に対し、薪、水、唐辛子等を投げつけ、その際被告人李元鎬は、巡査部長中村忠儀を天秤棒で殴打してよつて同巡査部長をして治療約七日間を要する左前膊部中央外側打撲傷を、警部補山中重信に対し唐辛子を投げつけ、よつて同警部補をして治療約一週間を要する急性結膜炎を、被告人朴好善は、巡査部長上山庄太郎を薪で殴打し、よつて同巡査部長をして治療十日間を要する上口唇挫創をそれぞれ負わしめ、公務の執行を妨害した」との公訴事実につき、被告人李元鎬の行為は、正当防衛として無罪、被告人朴好善の行為は、過剰防衛行為として刑の免除を言渡した。その理由とするところは、被告人李漢祚に対する傷害罪の逮捕状が出ていたこと、逮捕におもむいた中野警部補がこれを所持していたこと、及び当初李漢祚を逮捕しようとした福島、井、布川等の司法巡査が、同人に対し、逮捕状が出ていることを告げたことはこれを認め得るのであるが同行の中野等において、李漢祚に対して逮捕状を示したという事実は、検察側の全証拠を通じても、これを認めることができない。また、逮捕状を所持していながら、これを示すことが著しく困難であるという時間的切迫及びその他の障害事由があつたとは認められないにかかわらず、逮捕状を示すことはおろか、被疑事実の要旨も告げず、ただ単に逮捕状の出ている旨を告げたのみで、李漢祚の逮捕に着手したことは、憲法第三十三条、刑事訴訟法第二百一条に違反し客観的に適正な公務の執行であるとの評価を受けることはできず、結局不当な実力行使であつて公務の執行として無効である、従つて、その後におけるでき事は、すべて逮捕行為という公務の執行とは関係がない、李漢祚の母である被告人朴好善が、巡査上山庄太郎に引つぱり出されようとし、これを逃れるため薪をもつて同人の上口唇部を殴打したのは、正当防衛であるがその程度をこえたものとして、刑法第三十六条第二項によりその刑を免除する、被告人李元鎬については、山中警部補が拳銃をもつて李方天井に二発、更に李元鎬等の並んでいた左側の壁に二発撃ちこんだのは、山中の主観的意図が李漢祚の頭上二、三尺くらいの所を狙つたにしたところで、李一家の何人かに危害を与うべき可能性が相当に大である個所に発射されている点を考えると、右の発射行為は警察官等職務執行法第七条の武器使用許可の範囲を逸脱している、しかもこの時の逮捕行為が無効のものであることをあわせ考えると、このような拳銃発射行為の直後その発射者である山中に対して唐辛子を投げつけたことは、正当防衛である。更に、その拳銃発射後、一斎に踏みこんで来た警察官中の中村忠儀に対し、天秤棒で殴打したのも正当防衛である、というのである。

検察官の主張は、法は不能を強いるものではない、原判決の援用する憲法第三十三条、刑事訴訟法第二百一条の規定は、逮捕にさきだち、あらかじめ逮捕状を示す余裕のあること、又は被疑事実の要旨及び逮捕状の発せられていることを告げるだけの余裕のあることを前提とするのであつて、逮捕状を示す余裕のない場合には、逮捕後すみやかにこれを示すをもつて足りる本件において警察官が、李漢祚に逮捕状の発せられていることを告げた直後、早くも李漢祚及びその家族である被告人李元鎬同朴好善等の抵抗に遭遇したのであつて、そのため李漢祚に逮捕状を示すことができなかつたのであるから、逮捕状を示すことが著しく困難であるという時間的切迫及びその他の障害事由があつた場合に該当し、李漢祚に対し逮捕状を示さなかつたからとて、右の逮捕行為は違法とならないのみならず、現に中野警部補は李祚漢に対する逮捕状を所持していたのであるから、右の警察官等は、一般的に逮捕の権限を有し、かつ具体的にも李漢祚を逮捕する権限があり、従つて、かりに李漢祚の逮捕にあたり、逮捕状の発せられていることのみ告げて、これを示さなかつたとて、右の逮捕行為が単なる事実行為となるものでなく、刑法第九十五条にいわゆる職務の執行に当り、これに対する暴行脅迫は公務執行妨害となるのである。また、李一家が協力して鍬を振りあげ、天秤棒を振りあげ、唐辛子を投げつけたりして、果敢な抵抗を行つておるから、時間を徒過すると、多数の朝鮮人が来援し、いかなる事態を発生するか判らない状態において、山中警部補が逮捕を急いだのは無理からぬことであるから、山中の拳銃発射行為は、警察官等職務執行法第七条第二号による武器使用の範囲を逸脱していない、かりに山中の拳銃発射行為が客観的に相当でなかつたとしても、同人は真実その職務の執行と信じて行つたのであり、またかく信ずるについて相当の理由があるから、適法な職務執行行為と解するべきである、被告人李元鎬の行為は公務執行妨害罪を構成し、同朴好善の行為も過剰防衛ではない。原判決は法律の解釈適用を誤つている、というのである。

原審並びに当審証人山中重信、同井昭生(現在曽我部と改姓)、同福島参良、原審証人浜畑富雄、同肥田良彦、同布川武雄、同内田弘、同中村忠儀、同上山庄太郎、同萩原正幸、同岡勝重、同星静、同李漢悳、同崔相雲の各尋問調書、李元鎬、同朴好善の検察官に対する各供述調書、原審並びに当審における各検証調書の記載、医師萩原正幸、同星静各作成の診断書の記載を綜合すると昭和二十七年三月二十六日の酒税法違反検挙が証拠物を奪還又は破壊せられる等失敗に終つたので、その公務執行妨害や傷害の被疑者を逮捕するため、同月三十日早朝多数の警官隊が手分けして各被疑者方に向つた、そのうち、毎日新聞記者桧垣常治に対する傷害事件の被疑者として被告人李漢祚を逮捕するため、中野警部補が逮捕状を所持し、神尾警部、中野警部補指揮のもとに制服警官十名。私服警官三名で、被告人李元鎬方に向い、福島参良巡査井昭生巡査、布川武雄巡査、中野警部補の四名が、当時同家炊事場(土間)附近に起きて炊事をしていた被告人朴好善(李元鎬の妻)李漢悳(李元鎬の娘)等に対し、「息子は居るか」と問うと「居る」と答えたので、同家土間に入り中野と福島とが板の間に上つたところ、被告人李元鎬が起きて来て「朝から強盗のように何しに来た」と言うので息子に逮捕状が出ているから逮捕に来た」と告げ、同被告人は「行く必要はない」と押し問答をしているところへ、被告人李漢祚が起きて来たので、福島巡査が「逮捕状が出ている」と告げると李漢祚は「今行かぬ、昼行く」と言つて応じないので、同巡査が、右手で李漢祚の手を握り手錠をかけようとしたが李元鎬、朴好善、李漢悳等に妨害せられ、中野、福島並びに続いて上つていた布川巡査等は、靴をはくひまもなく、板の間から土間に押し落され、台所の余水を頭からかけられ、四名とも戸外に追い出された、福島巡査は李漢祚の手をつかんでいたが、李漢悳に自分の手を噛みつかれ放してしまつた、警官隊は李漢悳の妨害を排除するため、同人を引つ張り出したが、李元鎬、朴好善が来て奪還し、炊事場入口の戸を内側から閉めてしまつた、その間井巡査は被告人等と面識があるので、「逮捕状が出ているからおとなしくするよう」勧告に行つたが、汚水をかけられて追い出された、同家附近に警察学校の巡査教習生等三十数名を連れて待機していた山中重信警部補が、応援を求められ、現場に来て屋内の被告人等に向つて「開けろ」と言い、被告人等は「開けない、早く帰れ」と言い、内外で押し問答を重ねたが、その間炊事場入口のガラス戸を引つぱつているうちに、二枚とも壊れ、入口横のガラス窓も破壊された、李元鎬は天秤棒を、朴好善は鍬や薪を、李漢祚は斧を、李漢悳は薪を、崔相雲は唐辛子入りの桶を、それぞれ手に持ち、警察官が入ろうとすると、それらのえものを振りあげ、薪や唐辛子を投げつけ、汚水を振りかけたりした、その時入口の向つて右側の板べいの蔭から朴好善の左腕をつかんで同被告人を引き出そうとした上山庄太郎巡査部長に対し、同被告人は、それを逃れるため右手にしていた薪をもつて同人の顔面を殴打し、その上口唇部に治療約十日間を要する挫傷を加えた、山中警部補は、その間被告人等に対し抵抗をやめるよう何回も勧告したが、同被告人等は「早く帰れ」と言うだけでこれに応じないので、時間を徒過していると、何時朝鮮人群集が応援に来ていかなる事態が発生するかも知れないと考え、警察官等職務執行法第七条第二号にいわゆる「逮捕するために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のある場合」と判断し「抵抗をやめなければ撃つぞ」と警告したが、李漢祚は「撃つなら撃つてみよ、堂々と死んでやる」と言つて抵抗をやめないので、威嚇射撃の目的で、同家天井に向け二発発射したが、なお抵抗をやめないので少し銃口を下げ、李漢祚の頭上三尺くらいの所を狙つて二発射撃した(原判決は向つて右側の壁の地上約一メートル二、三十センチメートルの個所にうちこんだと認定しているが、山中が人体に命中する危険のある個所を射撃したものとは認められない)、山中は、右威嚇射撃のすきに屋内に入ろうとしたが、目的を達しなかつた、それまでの間李元鎬は、山中に対しても何回か唐辛子を投げかけていたが、その一発が山中の顔面に当り、治療約一週間を要する急性結膜炎の傷害を負わせた、そこへ、浜畑富雄警部補が李元鎬等と面識があるので応援を頼まれ、現場に来て、なお抵抗を続けている同被告人等をなだめ、ようやく李漢祚を逮捕した、浜畑が家人と話しているすきに、中村忠儀巡査部長が窓の下から入口に近づき中に飛びこもうとするところを、被告人李元鎬が天秤棒をもつて中村を殴打し、同人に対し治療約七日間を要する左前膊部打撲傷を負わせたが、その間に警官が一斉に入つて行つて李元鎬、朴好善を逮捕したことを認め得られる。

刑法第九十五条第一項には、単に「公務員ノ職務を執行スルニ当リ之ニ対シテ暴行又ハ脅迫ヲ加ヘタル者」と定めてあつて、「職務の適法な執行に当り」と定めていないから、公務執行妨害罪が成立するには、職務の執行が適法であることを要するかどうかは問題である。しかし、国家は、公務員の職務行為の円滑強力な遂行を保護すると同時に、個人の基本的人権を尊重するため国権の行使にも厳重な規制を設けているのであるから、公権力を行使する側における法規の不遵守を保護するため、これによつて誘発された国民の側の法規不遵守に対して刑罰を科するのは、近代国家の理念に反する。従つて、適法な職務行為でなければ本条の保護しようとする法益に当らないと解するべきである。しかしながら職務執行行為に多少の反法行為があつてもそのためにその職務執行行為が刑法上の保護に値しなくなるというわけではない。その標準は、抽象的に定められるべきものではなく、国家が公務の円滑強力な執行を要請する度合と、国民の人権を保護する必要性の程度とに応じ、もつぱら具体的事案により、事がらの軽重を勘案して判定されなければならない。すなわち、被疑者の逮捕のように、国家の権力意思を強制し、国民の基本的人権と正面から関渉するばあいには、その適法性の要件は厳格に解しなければならない。かようなばあいには、その職務執行行為が、公務員の一般的又は抽象的権限に属すること、及びその行為を為し得る法定の具体的条件を具備する、すなわち、具体的権限を有し、かつ、法律上重要な手続の形式を履んでいることを要するのである。そして右の適法要件が備つているかどうかを判断するには、客観的見地からするべきものであつて、職務執行者が主観的に適法と判断しただけでは足りないのである。

本件についてみると、憲法第三十三条、刑事訴訟法第二百一条によれば、逮捕状によつて被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならないし、逮捕状を所持しないためこれを示すことができないばあいで、急速を要するという理由で逮捕するときには、被疑者に対し、被疑事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げなければならない。そして、この規定は、人権と重大な関係を有する厳格規定であるから、その方式を履践しない逮捕行為は違法であり、本条による保護に値しないものである。従つて、その執行者に対し暴行脅迫を加えても、その行為が、違法な執行を排除するため已むを得ないものであるときは、正当防衛であつて、公務執行妨害罪は成立しないのみならず、その暴行によつて執行者に対し傷害の結果を生じても、それが已むを得ない程度を越えないとき、すなわち、相当性を有するときは、同じく傷害罪の成立しないと解するべきである。

前記中野警部補は、李漢祚に対する逮捕状を所持していたが、逮捕行為に着手する時もその後も、これを被疑者に示さず、福島巡査は、同被告人に対し逮捕状が出ている旨告げただけで、いきなり李漢祚の逮捕に着手している、そして警察官側において李に対し被疑事実の要旨を告げた証拠はない。そして、中野等が李方の板の間で李元鎬や李漢祚等と押問答をしたことは事実であるがそのため逮捕状を示す余裕のなかつたこと、いわんや被疑事実の要旨を告知する余裕のなかつたものとは認められない。そうすると、李漢祚に対する逮捕行為は、重要な形式を履践していないから、被告人李元鎬や同朴好善は逮捕行為が継続するかぎり、これを排除するため暴行脅迫を加えても公務執行妨害罪は成立しない。従つて、同被告人等を公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕しようとするのに対し、暴行脅迫を加えても同罪は成立しないのである。被告人朴好善が上山庄太郎巡査部長に腕をつかまれて戸外へ引き出されようとしたとき、薪をもつて同人の上口唇部を殴打したのは、自己の身体を防衛するための正当防衛行為であると考えられるが、防衛の程度を越えたものであるから、一応公務執行妨害並びに傷害罪が成立するが、前記諸般の情状により、原判決のとおりその刑を免除するを相当とする。被告人李元鎬が、山中重信の拳銃発射後において、同人に対し唐辛子を投げつけ、更に中村忠儀の腕を天秤棒で殴打した行為は、右の違法な執行行為から自己又は家族の権利を防衛するため已むを得ないものと認められるから、それぞれ傷害の結果を生じても罪とならない。この点の論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意中量刑不当を主張する点について。

原判決は、(イ)崔章玉、今坂松治郎、申願出に対する各酒税法違反につき罰金刑に処していずれもその執行を猶予し、(ロ)尹斗伊、張元出に対する各酒税法違反並びに公務執行妨害につき懲役刑に処してその執行を猶予し、(ハ)朴三万、金応圭、文士源、金命順に対する各公務執行妨害につき懲役刑に処してその執行を猶予し、(二)千伯守に対する公務執行妨害、傷害について懲役刑に処してその執行を猶予している。そのうち朴三万と千伯守については後に判断する。

原判決が酒税法違反の量刑について考慮した点として説示するところは、(1) 被告人今坂を除く朝鮮人の各被告人について、原判決冒頭判示の社会環境、生活環境、すなはち「戦時中軍工事のため国内各地や朝鮮本土から多奈川町に入住した多数の朝鮮人は敗戦によつて解雇せられ、失職し、同町に残留を余儀なくされた朝鮮人は、遂には極度の困窮状態に陥り、米の闇売買や酒の密造等により生計を立てるほか方途がなかつた、米の闇売買や酒の密造等の許されないことは言うまでもないが、当時における朝鮮人の置かれた環境よりすれば、多分に已むを得ないものがあつた」という事情に照らし、その動機に相当酌量するべき点があり、またその犯行の規模、数量もそう大したものではない。(2) 被告人今坂については、本件によつて密造酒のほか正規の酒類も押収せられ、相当多額の損害を蒙り(註1押収物は朝鮮人の襲撃によつて破壊されたため数量は不明である)またこれによつて息子の縁談もうまくゆかず、相当精神的打撃を受けた、というのである。しかし敗戦によつて職を失い極度の生活困難に陥つたことは、国民一般に共通する事情である。記録に徴すれば、その後被告人等は酒類密造に従事し、そのやり方も常習化し、集団化し、組織的になつて、少数の取締官では実効を収め得ない程度に達したのである。その動機においても、多奈川町の朝鮮人なるが故に特に寛大な刑を量定しなければならない理由はなく、また、犯行の規模、数量も軽微なものとはいえない。原判決が罰金刑に執行猶予を附したのは、量刑が不当に軽いといわねばならない。

次に、尹斗伊、張元出について、酒税法違反罪についても懲役刑を選択し、公務執行妨害罪とあわせてその刑の執行を猶予しているが、その科刑を観察すると、酒税法違反に対する刑を吸収させているものと考えるほかなく、量刑いずれも軽きに失する。ことに、張元出は、昭和二十六年四月二十八日佐野簡易裁判所において酒税法違反罪により罰金三千円に処せられている。やはり、利得を動機とする酒税法違反罪について、別に罰金刑を科するを相当とする。

原判決が公務執行妨害の点について量刑上考慮した点として説示するところは「日本国は、朝鮮人等を已むを得ず酒の密造をするような境遇に陥れたことについて責任があるから、密造の検挙に当つては、特に温い気持と理解ある態度をもつて臨み、峻烈苛酷とか朝鮮人なるが故に特別扱いをするような印象や疑惑をもたれないようにするべきであるにかかわらず、いわゆる「暁の急襲」と称するやり方をとつたのは遺憾であつて、被疑者等の感情を不必要に刺激し、平素の不満も爆発させ、異常な反ばつ心を挑発し、大規模な公務執行妨害にまで発展したのであるから、本件の発生について検挙者にもその責任の一半があり、量刑上酌量するべきである」として、有罪の全員に対し刑の執行を猶予した。これに対し、検察官は「生活困窮者に対する救護処置は別途にあり、酒類の密造を放任するわけにゆかない、集団的密造に対し早朝の一斉検挙を施行するのは当然である。多奈川町における朝鮮人の酒類の密造は、組織化、集団化、営業化し、治安維持上放任し得ない状態にあつたので、昭和二十七年三月二十六日早朝一斉取締を行うことになり、国税局、警察署、検察庁職員等合計約百二十名が、十班にわかれ、トラツクに分乗し、目標家屋十戸に対して反則物件の押収並びに被疑者の逮捕を実施し、被疑者八名と密造酒類、密造用機械器具等多数を押収し、トラツクに積載して多奈川駅前に差しかかつた際、朝鮮人二、三百名に包囲襲撃され、被告人千伯守、同張元出等の指揮により、逮捕被疑者並びに押収品の全部を奪還せられるに至つたので、同月三十日早朝警察職員約四百名により、右酒税法違反並びに公務執行妨害被疑者二十七名の逮捕を実施し、その際激しく抵抗されたのが本件である。原判決は人権の擁護のみを揚言して公共の福祉との調和について顧慮していない、刑の執行を猶予するのは失当である」というのである。原判示のような観点から本件の公務執行妨害に対し同情的観察をし、検挙のあり方を「暁の急襲」として非難する見解に対する検察官の反論は理由あることであるが、被告人金応圭、同文士源、同金命順については、事犯の内容が比較的軽微であり、かつ犯行後五年を経過して現在平穏に暮しているので、原審の量刑は不当に軽いとはいえない。

結局、被告人崔章玉、同今坂松治郎、同尹斗伊、同張元出、同申願出に関する論旨は理由があり、被告人金応圭、同文士源、同金命順に関する論旨は理由がない。

よつて、原判決中、被告人千伯守、同朴三万、同朴点燮、同崔快斗については、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条により、被告人崔章玉、同今坂松治郎、同尹斗伊、同張元出、同申願出については、同法第三百九十七条、第三百八十一条により、各破棄して、同法第四百条但し書により更に判決をし、その他の被告人等に対する検察官の控訴及び頭書の被告人等の各控訴は、同法第三百九十六条によりこれを棄却する。

罪となるべき事実

被告人千伯守、同朴三万及び同崔快斗について、原判示事実の次に、

第四、被告人千伯守、同朴三万、同崔快斗等は共同して、昭和二十七年三月二十六日午前六時過頃、大阪府泉南郡多奈川町朝日(現在同郡岬町多奈川朝日)の松原こと朴鐘太方において、同人に対する酒税法違反被疑事件の証憑を集取していた収税官吏小沢正春、同谷酒利春等に対し、その職務の執行を妨害する目的をもつて、多衆の威力を示し、「お前らはわれわれを殺ずつもりなら、おれたちもお前らを殺してやる」等と申し向け、右小沢が密造焼酎入り一斗壷を差押えて搬出しようとする際、「殺してやる」「割つてしまえ」等と叫び、被告人崔快斗が金槌をもつて右の壷をたたき割り、もつて公務の執行を妨害し、

第五、被告人朴点燮は、同月三十日早朝、同町平野、金田福松こと金福千方において、酒税法違反被疑者である同人を逮捕に行つた警部玉井覚次に対し、その職務の執行を妨害する目的をもつて同人の拇指に噛みつき、よつて同人に治療約一週間を要する傷害を負わせて公務の執行を妨害した

ものである。

との事実を加える。

右の点に関する証拠の標目

第四につき

一、原審並びに当審証人小沢正春、同谷酒利春の各尋問調書の記載

一、原審証人中村朋文、同雨森義夫、同浅田民治の各尋問調書の記載

一、原審並びに当審における各検証調書の記載

第五につき

一、原審並びに当審証人玉井覚次の各尋問調書の記載

一、原審証人中辻正夫、同拵券二、同原口正夫、同松本孫久、同田中繁の各尋問調書の記載

一、当審における検証調書の記載

一、原審証人真嶋成憲の尋問調書並びに同人作成の診断書の記載

を綜令してそれぞれ認定する。

法令の適用

一、被告人崔章玉について

酒類密造の点、 酒税法第六十条第一項(罰金刑選択)

密造酒の譲渡、所持の点、 各同法第六十二条第一項第三号、第五十三条(罰金刑選択)

罰金の換刑処分 刑法第十八条

二、被告人今坂松治郎について

密造酒の譲受の点、酒税法第六十二条第一項第三号、第五十三条(罰金刑選択)

罰金の換刑処分 刑法第十八条

三、被告人尹斗伊について

酒類密造の点、 酒税法第六十条第一項(罰金刑選択)

公務執行妨害の点、刑法第九十五条第一項、第六十条(懲役刑選択)

併合加重 同法第四十五条前段、第四十八条第一項

罰金の換刑処分 同法第十八条

懲役刑の執行猶予 同法第二十五条第一項

四、被告人張元出について

麹密造の点、 酒税法第六十二条第一項第二号(罰金刑選択)

公務執行妨害の点 各刑法第九十五条第一項、第六十条(懲役刑選択)

併合加重 同法第四十五条前段、第四十七条、第十条(犯情の重い原判示第二、三(六)の罪の刑に加重する)、第四十八条第一項

罰金の換刑処分 同法第十八条

懲役刑の執行猶予 同法第二十五条第一項

五、被告人千伯守について

公務執行妨害の点 各刑法第九十五条第一項、共謀の点につき同法第六十条、教唆の点につき第六十一条第一項(懲役刑選択)

傷害の点 同法第二百四条(懲役刑選択)

併合加重 同法第四十五条前段、第四十七条、第十条

なお、量刑について、同被告人は本件の首導的地位にあつたものであるから、刑の執行を猶予しない。

六、被告人朴三万について

公務執行妨害の点 各刑法第九十五条第一項、第六十条(懲役刑選択)

併合加重 同法第四十五条前段第四十七条、第十条(犯情の重い原判示第二、三、(七)の罪の刑に加重する)

刑の執行猶予 同法第二十五条第一項

七、被告人朴点燮について

公務執行妨害傷害の点、 刑法第九十五条第一項、第二百四条第五十四条第一項前段、第十条(懲役刑選択)

刑の執行猶予 同法第二十五条第一項

八、被告人申願出について

酒類密造の点 酒税法第六十条第一項(罰金刑選択)

密造酒の譲渡 各同法第六十二条第一項第三号、第五十三条(罰金刑選択)

罰金の換刑処分 刑法第十八条

九、被告人崔快斗について

公務執行妨害の点 各刑法第九十五条第一項、第六十条(懲役刑選択)

供合加重 同法第四十五条前段、第四十七条、第十条(犯情の重い前記第四の罪の刑に加重する)

刑の執行猶予 同法第二十五条第一項

右酒税法は昭和二十八年法律第六号による改正前のものであり、なお同改正法附則第十四項、罰金等臨時措置法第二条、第四条を適用する。

以上各被告人に対する訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項但し書により全部被告人等に負担させないことにする。

本件公訴事実中、訴因甲第二、二、(一)について、被告人張元出は、相被告人千伯守、同李漢祚等とともに、昭和二十七年三月二十六日午前七時前頃、酒税法違反の押収物件を積載した貨物自動車が、収税官吏の看守のもとに相ついで多奈川駅前にさしかかつた際、多数の者をして貨物自動車の進路前方に座りこみ、その車輪のタイヤの空気を抜き、車輪に石を噛ませて停車するのやむなきに至らしめ、

訴因甲第二、二、(七)について、被告人千伯守は、相被告人朴三万、同金応圭、同文士源ほか多数の者とともに、前記日時頃前記のように押収物件を積載した貨物自動車が多奈川駅前にさしかかつた際収税官吏佐式公明等の看守していた別表(二)記載の物件を破壊し、

訴因甲第二、二、(八)について、被告人千伯守は、相被告人李元鎬、同金応圭、ほか多数の者とともに、前記日時頃、前記のように、押収物件を積載した貨物自動車が多奈川駅前に差しかかつた際、収税官吏前田巧の看守していた別表(三)記載の物件を破壊し、

訴因甲第三について、被告人千伯守は、ほか三名とともに、前同日午前六時三十分過頃、南海電気鉄道株式会社多奈川駅においてまさに発車しようとしていた電車内に押し入り、その運転手中野徳治郎に対し「この電車を発車させるな」と呼びながら同電車のブレーキハンドルを奪い取り、該ハンドルの返還を求めた同運転手に対し「殺すぞ」と申し向け、同電車をして遅発するのやむなきに至らしめ、もつて同運転手に威力を用いて同運転手の業務を妨害し、

訴因甲第二、一、(三)について、被告人朴三万は、相被告人千伯守と共同して、前同日午前六時過頃、収税官吏谷酒利春が、崔章玉方先道路において同人に対する酒税法違反被疑事件の証憑として差押え看守中の焼酎入り一斗壷、濾過機一個を、多数の者をして手伝わせて破壊し、

それぞれ公務の執行を妨害したとの点は、いずれも犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第四百四条、第三百三十六条により、無罪の言渡をする。

(裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 辻彦一)

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